世の中取扱説明書「本モノ」

本物の本やモノなどを紹介し、世のトリセツとなるようにします。

「帝王学」コミュニーション力を上げる方法。文字通りに受け取るな!PART3 日大アメフト部の事例も書いています。

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

帝王学」コミュニーション力を上げる方法。文字通りに受け取るな!PART3 日大アメフト部の事例も書いていますというタイトルで話していきますね。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

タイトルに興味を持った人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

タイトルの意味がわかる。

 

では書いていきます。

目次。

1 日大アメフト部の解釈がわかれる文章の事例。

2 日大アメフト部の事例。

3 その人の普段からの行いやバッグラウンドで人々は解釈を変える。

4 日大アメフト部は僕とは別の論点から批判されている。

 

1 日大アメフト部の解釈がわかれる文章の事例。

 

まず以下の文章をお読み下さい。以下の文章を書いた人は心理学の素養がない人です。

 

日大には危機管理学部がある。

さすが広報部の立派な危機管理なこと。

「日大広報部コメント「QBつぶせ」は事実も。。。誤解「思い切って当たれ」の意味。監督の指示否定。というタイトル記事の引用付き。

headlines.yahoo.co.jp

 

さて、読者の方はこの文章をどのように解釈しましたか?考えて下さい。

 

僕の一文「以下の文章を書いた人は心理学の素養がない人です」を理解した人は、「この人は日大の弁明会見を素晴らしい」と思っている愚か者なのかな?と思った人もいるのではないでしょうか?

 

では逆に「以下の文章を書いた人は心理学をかなり勉強している人です」を追加して、また読み直してみてください。

 

日大には危機管理学部がある。

さすが広報部の立派な危機管理なこと。

「日大広報部コメント「QBつぶせ」は事実も。。。誤解「思い切って当たれ」の意味。監督の指示否定。というタイトル記事の引用付き。

 

 

今度はこの人は日大の弁明を皮肉っていると感じたのではないでしょうか?

 

正直、この人の文章は文字通りに受け止めれば日大の弁明を素晴らしいと絶賛していると捉えられます。

 

現代文の試験ならそう捉えられますし、アスペルガーの人もそう捉えるでしょう。

 

ですが人間は皮肉というものを理解できる生き物であり、この文章を文字通りに解釈しないのであれば、これは皮肉を言っている可能性があるとも捉えられるのです。

 

解釈とはこのように人によっていくらでも変わります。

 

人の文章をどう捉えるか?はその人の理解力や解釈力で変わるのです。(またはその発言者のバックグラウンドや立ち位置をどれだけ知っているかですね)

 

2 日大アメフト部の事例。

 

 この話を日大アメフト部に移します。以下の記事でも書いています。

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

日大アメフト部の選手が危険なタックルに及ぶ解釈をして行動に移したということは普段からアメフト部にそういう雰囲気や文化や体質があったということを意味します。

 

オオカミ少年の話もありますが、普段からウソをついている人が珍しく本当のことを言っても「また、ウソでしょ」と解釈されてしまいます。

 

普段からの言動や雰囲気、または集団であれば文化や体質が人々への解釈に影響を与えているのです。

 

日大アメフト部にはそういう体質があったということを意味しており、「そういう意図はなかった」といくら弁明しても選手がそう解釈してしまう文化や体質があったという事実は残るのです。

 

仮に普段から日大アメフト部が「反則だけは決してしてはいけない」と繰り返し伝えていたら、選手も危険行為に及んでいなかったでしょう。(というより、選手やコーチが普段から反則はいけないと言っていたとしても、意図的に「今回は潰せ」と指示していた可能性は残ります)

 

ともかく普段からの言動や体質が解釈を間違えさせるのです。

 

そういう意味からも日大の弁明は弁明になっていません。そういう解釈をさせる普段からの行いが悪いとなるからです。

 

3 その人の普段からの行いやバッグラウンドで人々は解釈を変える。

 

話を突然変えます。

 

その人の普段からの行いやバックグラウンド次第で、人々は容易にその人への解釈を変えます。

 

Sという人が普段からウソをつく常習犯ということを知っていた場合と知らなかった場合、Sという人への見方そのものが変わります。

 

「嘘つき常習犯」ということを知っていた場合、Sの証言も「またウソだろ」と疑いから入ります。

 

対して「嘘つき常習犯」ということを知らなかった場合、信じてしまいます。

 

Sという人への人間性やバックグラウンドへの深い知識があるかないかで、かなりSの発言や行動への解釈や印象は変わります。

 

そう考えると普段からの行いはかなり大事と言えます。

 

普段、信用に値する善行が9割の場合、些細な嘘や過ちなら「珍しいね」と許してもらえる可能性があります。

 

しかし人間は不合理であり、普段の悪行9割の人が1割の善行をしただけで褒めることがあります。

 

普段からの信用の積み重ねは大事ですが、普段9割の善行の人でもたった1回の過ち(重大度にもよる)で信用失墜もありえます。

 

普段9割の悪行の人はもっと攻められるべきですし、社会に常習的に日常的に害を与えているわけであり、こういう人こそ本当はかなりきつく攻められるべきです。

 

それなのにこういう人ほど珍しい数回の善行で「見直した」とか褒められる場合があります。

 

人間は割合で判断、認知していません。

 

始まりと終わりが強く印象が残るというように印象度合いにも強弱を感じる場面があるのです。

 

そう考えると普段からの信用積み重ねは重要視すべきですがそういう善行9割の人ほど、1割の悪行に余計に注意しないといけないかもしれません。(人間って割合を正しく認知していないのです)

 

普段からちゃらんぽらんの人ほど得をするという人間の不合理な面です。(メディアは善行、悪行の割合もきちんと目を向けるべきです。普段の善行9割の人の1割の些細な悪行はスルーしてあげてもいいのでは?と)

 

4 日大アメフト部は僕とは別の論点から批判されている。

 

日大アメフト部は僕の考察からの批判は起きていないようです。解釈の違いの論点は難しいからでしょう。(どう解釈するかは人次第なので)

 

しかし日大の対応が後手後手に回り、保身を図っていたと捉えられてもおかしくない行動の繰り返しをしており、今はその点が叩かれています。

 

以下の記事では日大と内田監督がついた嘘について書かれています。「勇気ある会見で判明した日大と内田監督の4つの許せない嘘と矛盾点」というタイトル記事です。

thepage.jp

 

と書いていたら、解釈の面でも批判報道があったようです。「選手のポジョション的にはありえないはず?日大の説明に矛盾を指摘」というタイトル記事です。

 

news.livedoor.com

 

「解釈は人によって異なる」というある意味攻められにくい弁明を日大は図りましたが、それすらも間違っていると指摘されてしまい、もはや全てが悪い方向に向かっていると言えます。

 

僕は普段からTVニュースなどの時事ネタにあまり振り回されないようにしており、今回も最初は無関心だったのですが朝日新聞の解釈についての主張を読んで、これは一言言っておいた方がいいなと思い、記事化しました。

 

対応を誤ると本来なら無関心な層にまで注目されるようになります。

 

つまり上手く対応すればそこまで炎上せず、沈静化するのに保身を図り後手後手に回り対応を誤ると、無関心層にまで飛び火し、さらに炎上する流れになるのです。(まぁ僕は本来TVニュース無関心層派なのでよほどの発展がない限り、この件はもういいです)

 

ともかくこの一件で日大の評判は地に落ちたことでしょう。来年の受験志願者の推移を見たいですね。

 

ではこの辺で。