世の中取扱説明書「本モノ」

本物の本やモノなどを紹介し、世のトリセツとなるようにします。

なぜ、人は「勝つか負けるか」「受かるか落ちるか」などの二元論で考えがちなのか?

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

「なぜ人は「勝つか負けるか」「受かるか落ちるか」などの二元論で考えがちなのか?」というタイトルで話していきますね。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

タイトルに興味を持った人。

二元論について考えている、いた人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

タイトルの意味がわかる。

二元論について一家言が持てる。

 

では書いていきます。

 

 

世の中の人は二元論的なものの考え方「善か悪」や「陰と陽」果ては「勝つか負けるか」「受かるか落ちるか」などで考えがちだと感じます。

 

しかし世の中の真実はその間にあるグレーゾーンなのではないか?というのが僕の見立てです。

 

確かに「勝つか負けるか」で勝敗は一応決定します。しかし人間界という人間が価値観・ルールを設定した世界での勝負事に過ぎません。

 

走ることでいえばウサイン・ボルトは頂点ですが動物のチーターには負けます。動物界のルールを適用すると人間で負ける人はかなり多くなります。

 

所詮、人間の価値観・ルールで設定した世界(人間界と呼びます)の枠の中での争いなのです。

 

受験でも「受かるか落ちるか」で人生が激変します。

 

絶対評価TOEICのスコア制なら「受かるか落ちるか」という二元論で努力や実力が示されていません。

 

しかし大半の試験や資格は「受かるか落ちるか」を採用しており、ギリギリ落ちた人の努力はまったく考慮されないつまりグレーゾーンは無視されます。

 

また裁判にせよ判決の際は有罪か無罪かが決まります。

 

本当は情状酌量の余地があったり全て犯人に完全に非があるわけでもないケースもあるはずなのに有罪となります。

 

つまり本当の真実はグレーゾーンにあり確率論であり割合だと僕は思っています。

 

世の中の意見の大半は割合的に確率的に多数派やある%以上なら「こう言える」ということに過ぎないと思っています。

 

社会科学のほとんどの主張は可能性として確率として何%正しいと言えるかという仮説であり(自然科学も厳密には仮説ですが)、「完全に正しい」「完全に間違っている」と言えるケースは少ないのではないか?と考えています。

 

折衷案もありますしね。

 

原発ゼロではなく原発比率を徐々に下げるなどが折衷案です。

 

そしてこの折衷案の方が現実的です。

 

ただし意思決定においては最終的には「やるかやらないか」の二択であり確率や可能性は意味が薄れます。

 

孫正義氏によると7割勝てる見込みがあれば動くそうです。

 

孫さんも確率として考えており7割に達したら動く・やるに賭けるのです。

 

やるかやらないかの決断の背後には確率があったのです。

 

表面的に見たら「やっているし動いており決断力がある」と見られますが実は背後には確率的に7割というラインがあるのです。

 

このように二元論で考えるのは単純過ぎる思考でありグレーゾーン・確率・割合などを考えて意思決定する必要があると思います。

 

二元論で考えがちな人は注意した方がいいかもしれませんね。