世の中取扱説明書「本モノ」

本物の本やモノなどを紹介し、世のトリセツとなるようにします。

「自己評価と他者評価の話」フィクサーによる日本の教育改革本から。

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

「自己評価と他者評価の話」フィクサーによる日本の教育改革本からというタイトルで話していきますね。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

僕の本「フィクサーによる教育改革本」に興味がある人。

タイトルに興味を持った人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

僕の本「フィクサーによる教育改革本」の一部を読める。

タイトルの意味がわかる。

 

では書いていきます。

  

目次。

a 自己評価と他者評価の説明。

b 自己評価と他者評価のギャップ。

c 自己評価と他者評価のズレ。

d 他者評価の厳しさ。

e 自己評価での幸せと他者評価での物質的豊かさや経済的豊かさ。

f 世間からの高い目標へ抵抗する最強の論理。

g 幸福とは何かと悩む段階。

h 仕事面では他者評価は強烈。

 

5 自己評価と他者評価の話。 

  

a 自己評価と他者評価の説明。

 

まず言いたいことが自己評価と他者評価は違うという点です。

 

自己評価とは「自分で自分に下す評価」のことであり、これは悪い意味で言えば「自己満足」につながります。

 

他者評価とは「他人が下す評価」のことであり、「大学受験などの試験や就職や仕事や恋愛など」様々な場面で他人によって判定されます。

 

さて自己評価が高いということは良い面で言えば、自己イメージが高いことに加えて自分への評価基準が高く、自分に厳しく、当たり前の基準が高く、果ては「世界一じゃないと気持ち悪い感覚」まで行き着く人もいます。

 

b 自己評価と他者評価のギャップ。

 

しかし自己評価が高いからといって、他者の自分への評価=自分の評価が一致するとは限りません。

 

「自分が自分に下す魅力やスキル」と「他人が僕たちに下す魅力とスキル」にはギャップがある場合も当然あります。

 

このギャップ(差)で人は悩みます。

 

自己評価や自己イメージが高く、しかも努力を猛烈に重ねて他者評価と一致する魅力やスキルまで到達した人なら自分自身のアイデンティティや精神の健全性が保たれます。(自分も満足し他人にも認められたからです)

 

しかし自己評価>他者評価(自己評価の方が高い)の場合、自身は満足しているのに世間も他者も評価してくれないので憤りを感じますよね。

 

逆に、自己評価<他者評価(他者評価の方が高い)の場合、自分の自信や評価以上に他者が評価しており、なんとなく違和感を感じるでしょう。

 

c 自己評価と他者評価のズレ。 

 

そもそもあらゆることで自己評価と他者評価をきちんと把握するのは難しいのです。野球などのスポーツはデータが詳細にきちんとありますので成績により、客観的な評価が可視化されます。

 

いわゆる定量化しやすい世界です。

 

しかし曖昧な世界(恋愛や数値化しにくい仕事など)では客観的な評価を自身が正確に把握できずズレが生じます。(つまり自己評価と他者評価のズレです) 

 

いわゆる定性的な世界です。

 

ズレが生じることで人は悩みます。恋愛や仕事などの曖昧な世界でも成功(結果を出す)したいのなら他者評価を気にしないといけません。

 

d 他者評価の厳しさ。

もちろん自己評価・自己イメージが元々高い人は他者に言われるまでもなく自分に厳しいので、他者評価(客観的評価)でもいい評価をもらえるまでの努力をし、結果を出す確率が高いでしょう。

 

つまりマズローの欲求で言う自己実現欲求レベルで「自分の力がどれだけ通用するか」の感覚で高いレベルを目標に努力するのが自己評価・自己イメージが高い人なので他者からも勝手に認められます。

 

ところが大半の人はそういう人ではありません。

 

上司や世間などの他者は普通の人の目標レベル(自己評価)以上に評価基準を高めに設定してきます。「もっと結果を出せ」「もっと良い学歴を」「もっといい人と結婚しろ」などど迫ってきます。

 

これが他者評価(客観的評価)の厳しさです。

 

e 自己評価での幸せと他者評価での物質的豊かさや経済的豊かさ。

 

しかし幸せを追求したいのなら他者評価はほどほどにして自己評価を重視すべきです。

 

幸せとは精神的な幸せのことを指します。自分にOKを出せればすぐに幸せになれます。

 

他者評価に対しては最低限の期待に応えるだけにして、自分の基準を大事にするのですから幸せになりますよね。

 

ところが自己評価を大事にしすぎますと自分の基準(自己評価)というものは大半のひとは甘いので恋愛や仕事での成功(結果を出す)や物質的な豊かさは得られにくくなります。

 

物質的な豊かさや社会での成功(恋愛や仕事など)では自己評価を大事にしすぎると当然、他者からは認められず成功は得にくくなります。

 

よく自己啓発本「自分を大事にしろ」「世間に惑わされるな」などと書いていますがこれだけ「大学受験、就職、仕事、恋愛など」で他者からの評価にさらされているわけですから絵空事のように聞こえてしまいます。

 

つまり自己啓発本の一部で「自己評価を大事にし、自分を大事にしろ、他人の目なんて気にするな」ということを書いているのは自己評価を大事にすれば幸せが近づくのですから(悪い意味でいえば自己満足)、精神的幸せや安心を求めている読者には精神安定剤になっているわけです。

 

f 世間からの高い目標へ抵抗する最強の論理。

 

自己満足、自己評価を大事にし、他者や世間の声を無視すれば高い目標などを無視するのですから楽に決まっています。しかし親や世間からの高い目標(他者評価)の追求に対して「最強の抵抗する論理」があります。

 

それは「幸せは次第に慣れる、当たり前になってしまう」というものです。どんなに金を得てもどんなに美人を得ても、それには慣れてしまうのです。

 

そして幸福感は次第に弱くなります。(これが美人を妻にしても浮気をする理由です。もっと幸福感(刺激)が欲しくて違う女性に手を出すのです)

 

神様が仮にいるとすれば「上手いこじつけ合わせを人類に残した」と言えます。強者(金や美女獲得者など)でも次第に慣れるというからくりがあることで幸福感は薄れ、悩みはそれなりにあるのです。

 

弱者からすればその論理は「金や美人を得た後での強者の意見だ」という人もいるでしょう。全くその通りなのですが実際問題、「次第に慣れてしまう人間の性質」から言えば、幸福や他者評価への視点はよく考えるべきことになるでしょう。

 

他者に目標を高く上げるように誘導された人はここで「幸福とは何なのだ」と悩むわけです。金や美人を得ても幸福感が薄れてしまうという人類の性質。

 

g 幸福とは何かと悩む段階

 

ここで自己評価の話に戻り、他者評価の視点に踊らされ、「金や美人などを得るように誘導されたのではないか?本当に自分は金や美人を得たかったのだろうか?」と考える人はいます。

 

実は自分は負け惜しみではなく「そんなに金や美人を欲してない」のではないか?とも。

 

ここで「お金とはいったい何なのか?お金の本質や価値」という記事も参考にすると、「金がなくても自身でできることを増やすこと」や、「人脈を築けばいい」(もちろん成功しないといい人脈は築けないですが)や、「贅沢はそれほど本当は望んでいないのだから、節約や少額で楽しめることをすればいい」という考えに行きつくことになります。

 

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

h 仕事面では他者評価は強烈

 

しかし世の中において恋愛はまだしも仕事面では他者評価は強烈です。よって仕事面においては、自己満足、自己評価の視点はやめた方がいいと思います。じゃないと最低限、食っていく能力構築すらできなくなります。

 

仕事においては他者評価を重視した方が、逆に楽に生きられると思います。

 

例えば若い時に外資系や起業などで猛烈に頑張り、40歳で早期リタイアという人生の選択肢がある人もいます。

 

仕事は競争なので(公務員は別)、楽をすればするほど、どんどん苦しく追い込まれていくことになります。

 

よって競争下にある人は生産性を上げる、つまり実力やスキルを上げて、余暇やワークライフバランスを取れるぐらいの余裕を持つ方がいいと感じます。

 

僕の本や記事も参考にして、情報を収集しスキル獲得への突破口にしてほしいと思います。

 

以上です。