世の中取扱説明書「本モノ」

本物の本やモノなどを紹介し、世のトリセツとなるようにします。

日本は無責任?「自己責任の範疇を超えている話 ルール打破編」

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

日本は無責任?「自己責任の範疇を超えている話 ルール打破編」というタイトルで論じていきたいと思います。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

タイトルに興味がある人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

タイトルの意味が分かる。

 

では書いていきます。

目次。

1 前置き。

2 世の中にはルールがあり、ルールが嫌なら避ける手法もある。(日本国内編と企業編)

3 世の中にはルールがあり、ルールが嫌なら避ける手法もある。(大学受験編)

4 自分にあまりにも向いてないルールの中での勝負は避けるべし。

5 ルールに従わない人の解決法。

6 愚痴や不満で同情や共感されるレベルは自己責任原則を超えた理不尽レベルのみ。

 

1 前置き。

 

まず自己責任原則というのは学校からも基本的に日本では教えられていないでしょう。(これは推測です) しかし世の中は自己責任原則になっています。この現実から出発する必要があります。

 

ですが自己責任を超えているという話もあります。

 

「意図を持った詐欺師に騙されるのは、自己責任の範疇を超えているという話」という記事に詳しく書きましたが、まだ続きがあります。

 

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

2 世の中にはルールがあり、ルールが嫌なら避ける手法もある。(日本国内編と企業編)

 

まず世の中にはルールがあります。そのルールには基本的に従わなければなりません。

 

ルールが嫌なら、例えば国の場合なら「日本から出ていけばいい」となりますし、企業なら「転職しろか辞めろ」となります。

 

しかしです。企業の場合ならブラック企業での過労死レベルの労働なら理不尽であり、自己責任原則を超えていると思います。この場合、法律が守ってくれるでしょう。

 

3 世の中にはルールがあり、ルールが嫌なら避ける手法もある。(大学受験編)

 

次に大学受験でいえば僕の例ですが現代文、古文、漢文が大嫌いです。

 

一番、実用性が薄い科目(執筆力というスキルとは無関係)だと思っているからです。

 

特にセンター試験が該当します。しかし国立の大学(センター試験採用私立大学でも)に受かるためにはセンター国語は避けて通れません

 

そこで抜け道を探します。

 

つまりセンター国語のない大学、例えば、慶応大学(小論文)AO入試などを狙うのです。またはそもそも大学に進学しないでITなどの分野で起業という道もあるでしょう。

 

大学受験のルールに従わない人はこういう道を通ればいいのです。

 

4 自分にあまりにも向いてないルールの中での勝負は避けるべし。

 

あまりにも自分に向いてないルールの中で勝負するのは愚策だと思います。

 

僕の場合、センター国語が壊滅的に相性が悪いので国立を狙わなければいいのです。

 

現代文、古文、漢文がない慶應は狙い目でしょう。または大学受験をすっ飛ばして違う分野(ITなど)で勝負をすればいいのです。または資格系(法律や会計士や中小企業診断士など。相性が合えば)もありでしょう。

 

さらにフィクサーによる日本の教育改革本」を書いた理由は日本の後世の人のためにです。

 

実用性が薄い科目を勉強してばかりいたら、損じゃないですか?

 

センター国語しかり、歴史系科目しかり。歴史系科目は僕は得意でしたが、あの試験方式でいいとはあまり思いません。

 

ただ暗記力はついたと思います。つまりOS力やノウハウ学力というものです。

 

コンテンツ学力は無意味です。僕にはもはや学歴なんて関係ないので(そういう年齢です)本を書いた理由は後世の人のためにです。

 

5 ルールに従わない人の解決法。

 

ちなみにルールに従わない人にはまだ解決法があります。

 

それはルールを作る側に回るか、ルール策定者に働きかけることです。

 

ルールを作る側は文科省や政治家にならないといけないのでかなりの厳しい道となりますので僕はフィクサーによる日本の教育改革本」ルール策定者に働きかける道を選びました。

 

企業なら企業のルールに従わないのなら、転職か辞めればいいのです。

 

過労死レベルの労働なら、理不尽なので自己責任原則を超えていますがそこまでのレベルじゃない場合、自己責任なのでその人の愚痴や不満は言い訳にすぎません。

 

愚痴や不満を言う人がよくいますがルールを作る側に回るか、ルール策定者に働きかけるか、日本を出ていくか、企業を辞めるか転職するかが問題解決法なのです

 

6 愚痴や不満で同情や共感されるレベルは自己責任原則を超えた理不尽レベルのみ。

 

愚痴や不満で同情や共感されるレベルは自己責任原則を超えた理不尽レベルのみです。

 

それ以外はその人が怠けたや判断を誤ったなどの自己責任なのです。

 

もちろん「自己責任過剰の時代」でも書きましたがスーパーマンじゃないと自己責任原則時代を生き抜くのは難しいです。

 

この過酷な自己責任過剰の時代を少しでも有利に生きれるように僕は情報格差を縮めるためにたくさん本を書いたのです。

 

それらの情報を得たうえで後は実行力格差で世の中での結果を求めるのがいいと思います。

 

実行力格差でのそもそも「努力することが才能だ」論を言ったら、元も子もありません。

 

努力はかなり重要であり、努力でノーベル賞レベルや世界NO.1レベルじゃない限り、ある程度の上位層には行けると思います。

 

多くの人はノーベル賞や世界NO.1レベルを目指しているわけではないでしょう?

 

ならば努力は通用します

 

愚痴や不満を言う人は正直、周りに迷惑がられると思うのでこの話を頭に入れた方がいいと思いますよ。

 

ではこの辺で。

 

参考・引用文献。

https://koboblog.net/2017/03/19/rules-are-rules/