世の中取扱説明書「本モノ」

本物の本やモノなどを紹介し、世のトリセツとなるようにします。

「人の好き嫌いが激しい人は人から嫌われやすい?」

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

「人の好き嫌いが激しい人は人から嫌われやすい?」というタイトルで話していきますね。

 

2015年〜2016年初め?くらいの記事かな。

 

「日本怖いあるかもしれない物語」の裏解説もついてます。

 

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

「日本怖いあるかもしれない物語」を読んだ人。

タイトルに興味を持った人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

「日本怖いあるかもしれない物語」の裏解説が読める。

タイトルの意味がわかる。

 

では書いていきます。

 

目次。

1 人の好き嫌いが激しいと他者から嫌われやすくなる?の解説

2 合成の誤謬(ごびゅう)

3 国家は国民をリストラできない。

4 マクロな視点も頭に入れておこう。

5 結論。

 

1 人の好き嫌いが激しいと他者から嫌われやすくなる?の解説

  

「人の好き嫌いが激しいと他者から嫌われやすくなる」と僕は予測を立てました。

 

つまり人から嫌われたり、避けられがちな人は「実は自分から嫌っている部分があるのでは?」と思うのです。

 

人の好き嫌いは元々の生まれ持ったものかもしれません。食べ物の好き嫌いも本人にとってはどうしようもありません。

 

食べ物の好き嫌いと同じように人の好き嫌いもそれなりに生まれ持ったものであり、生理的に受け付けない人がけっこう多い人は「他者も敏感に反応してフィードバックされ嫌われるのでは?」と予測を立てました。

 

逆に言えば人から嫌われにくい人は「人の好き嫌いが少なく他者にもそのように接しているので嫌われにくいのだろう」と思います。

 

あくまで仮説です。人の好き嫌いの激しさは「人見知りの人にありがち」であり、これを直す方法は僕には分かりません。

 

ちなみにこの仮説だけじゃなく「人から嫌われる理由の本質を書いた記事」が以下です。

 

yononakatorisetu.hatenablog.com



2 合成の誤謬(ごびゅう)

 

ここで話を拡散させます。

 

合成の誤謬(ごびゅう)という言葉をご存知でしょうか?

 

個々(ミクロ)の行動では最適な行動であっても全体(マクロ)の結果は最適にならないという意味ですね。

 

具体例を挙げます。

 

1  個々(ミクロ)が生産性を極大化すると全体(マクロ)の結果は競争が激しくなり、生き残るのが困難になったり余暇も減ります。

 

2  個々が貯蓄を増やすと(合理的な行動です)全体では消費が減り、景気が悪化します。

 

3  個々の企業が経営の健全化のために人件費を削減すると全体では消費が減り、景気が悪化します。

 

4  各国が金融緩和をすると(1国だけが金融緩和をすると為替を安く誘導でき、輸出に有利になる)全体ではほとんどの国が金融緩和をすることになり、為替安効果を打ち消し、意味がなくなります。

 

5  個々の企業が優秀な人材だけで経営したいのでリストラしたら、そのリストラされた社員はどこに行くのか?という全体(マクロ)の問題になります。

 

企業はリストラすれば済みますが国家は国民をリストラできません。(海外追放すれば別ですが)

 

3 国家は国民をリストラできない。

 

最後の例(5)を今回は使います。

 

国家は国民をリストラできません。

 

ここで話を戻したうえにテーマに上乗せします。

 

人の好き嫌いが激しい人はマクロを扱う政治家教師などには向かないのでは?という話です。

 

僕は中学1年の時に国語の試験で95点(確か)を取ったのに通信簿で3をつけられました。この点数はかなり上位だったと思います。最低でも4はつくと思います。ですが3でした。

 

教師の好き嫌い(主観)が入ったのでしょう。

 

大学受験か社会人(企業)などでは好き嫌いで選抜してもいいと思います。(今の日本の大学受験ではペーパーテストで平等と言われていますが、欧米式に好き嫌い要素を入れてもいいと僕は考えています)

 

大学が求めている人材、自社が求めている人材を採る行動は合理的です。

 

しかし中学、高校の時点で好き嫌いで選抜するのはまだ伸びしろがある時ですから、良くないと思うのです。

 

そしてこの視点は実は「国民全員がある程度持つ視点だ」とも言えます。

 

個々の行動では好き嫌いで人付き合いを選び、エリートならエリート同士で固まるのは合理的です

 

ですがエリートが人の好き嫌いを極度に発展させて貧困層を遠ざけたり差別をしたら、その虐げられた人たちを誰かが負担しているということは認識しておくべきです

 

国家は国民をリストラできないのですから。

 

エリートのあなた?が蹴ってきた人材を誰かが負担しているのです。

 

この構図を物語化したのが「日本怖いあるかもしれない物語」です。興味ある方はぜひ一読を。

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

4 マクロな視点も頭に入れておこう。

 

人の好き嫌いはどうしようもないのかもしれません。

 

個々の合理的な行動は必ずしも全体では最適化されません。

 

ですがマクロな視点も頭に入れておくことが必要だと思います。もちろん個々の生き残りに必死な人たちはマクロ(全体)のことなんて考えも及ばないでしょう

 

そういう人たちは「上に立つ人たちは自分たちの生き残り以上に全体のことを考えている」のだと認識してもらいたいです。

 

上に立てば立つほどマクロな視点が要求されますマクロな視点がない人は上に立つべきじゃないでしょう。(といっても企業経営者、政治家らはエリートはエリートで固まる傾向が強くなりつつあると思っています)

 

そういうマクロな視点を持った上で上の人を批判するべきだと思うのですね。(ちゃんとマクロ(全体)のことを考えている上の人には敬意を表しましょう)

 

全体構想図を立てる人はミクロとマクロを頭に入れて使い分けています。

 

ミクロだけしか考えない人が視野が狭い人であり、マクロも考える人が視野が広いです。

 

とはいってもほとんどの人はミクロな視点で自分、自分たちの身近な人、自社だけのことを考えています。

 

それはそれでかまいませんがマクロな視点を持っている人もいることは知っておいて欲しいです。 

 

5 結論。

 

「人の好き嫌いが激しい人は人から嫌われやすい?」というタイトルの答えは仮説ですが嫌われやすいと予測しました。

 

そしてエリート?の人が「人の好き嫌いを発展させて、虐げたり、差別した人たちを社会の誰かが負担しているという事実」があります。

 

ミクロな個々の視点では人を選び付き合うのは非常に合理的であり、よく理解できますが社会はつながっており、虐げられた人たちのしっぺ返しを受ける可能性があるのです

 

もちろん虐げられた人たちにも悪い箇所があったから避けられたのです。

 

もしくは相性が悪かったのでしょう。虐げられた人たちも悪い箇所を改善し、上の人たちも「国民はリストラできない」という視点から見捨てず、共存していかないといけません。

 

個々の企業はいらなくなったら、リストラすればいいのですから(外資系は非情です)楽ですよ

 

使えない人材でも見捨てず、どうにかしないといけないという方がよほど大変です

 

世の中、皆がそれなりに豊かに暮らしていけるといいのですけどね。 

 

以上です。