世の中取扱説明書「本モノ」

本物の本やモノなどを紹介し、世のトリセツとなるようにします。

裸の王様になる?僕が「わざわざ不快な感情、人間」を身近に置くワケ

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

裸の王様になる?僕が「わざわざ不快な感情、人間」を身近に置くワケ。というタイトル記事で話していきますね。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

タイトルに興味を持った人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

タイトルの意味が分かる。 

 

では書いていきます。

 

目次  

やまもとさんの記事

僕の主張

僕の主張2

結論と補足

 

やまもとさんの記事

  

まず、やまもとりゅうけんさんの記事が以下です。ぜひ、読んでみてください。

 


簡単に要約すると、やまもとさんは炎上商法に近いこと、過激なことを言っているように見えますがやまもとさんの真の目的は「自分と価値観の合わない人を排除する」ことだそうです。

 

自分が正しいと思っていることを過激に?主張すれば、その価値観に該当しない人は近付かなくなるからですね。

 

僕の主張

 

しかし僕は思うのです。

 

批判者はある程度は必要だと。それは企業にとっても政治にとっても同じです。

 

つまり的確な指摘をしてくれる人達のことです。以下の記事でも言及しています。「的確な指摘をしてくれる人は貴重な存在である」というタイトル記事です。

 

yononakatorisetu.hatenablog.com


 

またレッドチームという言葉をご存知でしょうか? 自社を潰すアイデアを考えるチームですね。

 

ビジネスの世界では競争が激しく、他者から潰されるのなら自社を潰すアイデアを使って防衛したほうがいいという考えもあります。

 

Amazonの例でいえばKindle電子書籍であり、どうせ他社に電子書籍で潰されるくらいなら自社がやってしまおうという考えだと思います。

 

僕の主張2

 

僕は的確な指摘をしてくれる人は側に置くべきだと思います。ですが限度はあります。

 

それは「裏切る人間や的確じゃない指摘ばかりする人は側に置かない」ということです。

 

裏切る人間を側に置いたら、僕が追放されてしまうなどされます。

 

または的確じゃない指摘をしまくる人(たまになら的確じゃない指摘もOKですが頻繁だときつい)は側に置くと、説明するのが面倒になります。

 

何しろ的確じゃない指摘なのですから、こちらがわざわざ毎回反論しないといけません。そして相手はそれが理解できないとなると僕は消耗しますし、徒労に終わります。

 

以下の記事でも書きました。「見えている人には見えている世界がある」という記事です。

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

こういう僕には見えている世界が見えてない人がいて、その人にはいくら説明しても分からないので疲れますし、徒労に終わります。

 

話を戻します。そうなのです。

 

レッドチームを置くといっても「裏切らないし、的確な指摘の頻度が高い人ならOK」という前提があります。

 

やまもとさんがそこまで考えているかどうかは知りませんが周りにイエスマンばかり置いたら、それはそれでビジネスの成功率も下がる可能性はないのでしょうか?(やまもとさんは現在、成功されているようなので必要ない質問だったかもしれません)

 

価値観は人それぞれですから、別にいいのです。

 

たまたま、やまもとさんと僕の手法や価値観が異なっていたのでしょう。上記にも書きましたが裏切らないで、的確な指摘の頻度が高い人はレッドチームとして必要だという認識が僕の中にあります。

 

僕のミスや、間違いを正してくれます。 そういう人まで排除してしまうとイエスマンばかりになり、「裸の王様」になります。

 

批判を全面否定するのではなく「的確な指摘」なら取り入れるのも大事という話です。それを取り入れるかどうかは見栄や度量の問題です。

 

明らかに間違っているのに見栄などで採り入れなかったら、ビジネスなどで致命的な失敗に至る可能性もあります。(小さなミスなら致命的にはなりません)

 

結論と補足

 

僕が「わざわざ不快な感情、人間」を身近に置くワケとはこういう理由からです。

 

ただ、ある人物が僕に的確な指摘をする頻度が低くなったのと僕には見えている世界が見えていない理由などで議論になり、僕が「3ヶ月連絡しないで欲しい」と言ったことはあります。

 

僕は他の年配の方より人の話を聞いている方だと思います。普通なら激怒して認めない大人って多いですよ。僕は聞いている方です。

 

ですが的確な批判や忠告だけを聞くように心がけています。そこの判断基準は難しいですが的確だと僕が思わない批判はどんなに言われても変えません。

 

そこがブレると非常にマズイからです。後で本当だったという話は実際にありましたしね。

 

ではこの辺で。