世の中取扱説明書「本モノ」

本物の本やモノなどを紹介し、世のトリセツとなるようにします。

哲学、評価基準などを確立しよう! 「人事の採用ポイント」がわかるなど良いことづくめ。

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

「哲学、評価基準などを確立しよう!」「人事の採用ポイント」がわかるなど良いことづくめというタイトルで話していきますね。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

タイトルに興味を持った人。

人事の採用者や人を見きわめたい人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

タイトルの意味がわかる。

人事の採用のちょっとしたコツや人の見きわめ方がわかる。

 

では書いていきます。

 

 

「哲学、評価基準などをきちんと確立しておこう!」

2016年の記事だったと記憶しています。

 

目次。

1 哲学、評価基準の定義など。

2 購買などで騙されないために。

3 哲学や評価基準を確立するには?

4 世間は冷たいという話。

 

哲学、評価基準の定義など

  

 

今回は「哲学、評価基準などをきちんと確立しておこう」という話題について論じます。

 

哲学とは自分の生きる上での哲学です。生き様です。生きる上での価値観です。これを確立しておかないと他人などに左右されてぶれることになります。

 

まだ若いうちは自分の生きる哲学など確立できないでしょう。徐々に確立していき、出来上がった後はぶれないようにした方がいいです。

 

評価基準とは採用や人づきあいでの選別モノ・サービスなどの購買判断軸などです。人づきあいは選別基準を確立しておかないとヤバイ奴と付き合うことになり、後で痛い目に遭います。別れるのが大変なのです。

 

購買などで騙されないために

 

モノ・サービスなどの購買でも企業側のセールス手法はプロですから、きちんと評価基準を確立しておかないと無駄な買い物をさせられることになります。あの手、この手で買わせようとしてきますから。

 

この具体的なテクニックについてはビジネス書や心理学の本に詳しく書かれています。「心理学者が教える思うように人の心を動かす話し方」という本は参考になります。

 

 

 

人間は感情やそのときの気分などによって容易に買わされたり、騙されたりします。評価基準をきちんと確立し、感情や気分、セールストークにも左右されないようにしないと騙されます。

 

判断軸とは生きていく上での様々な判断においての軸です。これもある程度、確立しておかないと毎回、選ぶことに労力を使い、消耗します。

 

哲学や評価基準を確立するには?

 

このような哲学や評価基準は徐々に確立していくものでしょう。本や実体験などで確立するものです。成功者になりたいなら、本を参考にすると周りの身近な大半の普通の人の価値観に染まらないように哲学や評価基準を確立できるようになります。

 

評価基準を持つには宣伝になりますが僕の本フィクサーによる日本の教育改革本」や僕の著作、または経営学であれば「経営戦略全史」などの全体図、俯瞰図的な、情報の整理本が役立つと思います。

 

または、「人事の超プロが明かす評価基準」という本もそれぞれの役職ごとに評価基準が示されており、仕事をする人の指針になります。

 

評価基準が確立されていない人は容易に他者や環境に流されます。多数派やサクラや成功者に弱いのが人間です。評価基準をきちんと持たないと軸がぶれまくります。

 

人事の採用者もフィーリングではなく評価基準をきちんと作って採用すべきです。実際にフィーリングで採用を行った企業があるようです。以下の記事に載っています。

engineeraquo.hatenablog.com

 

世間は冷たいという話

 

また「世間は冷たい」ということを認識しておくべきです。助けてくれるとしたら、身内(家族や親しい友達ぐらい)が基本です。

 

その他の他者は他人事であり、非常に冷たいと僕は思っています。「いや、世間は優しいよ。私は親切にされまくりだし」という人は特に若い女性に多そうですが、それはあなたの「身体目当てか女性と話したい欲求目当て」です。

 

男の場合、役に立つスキルを提供できなければ相手にすらされません。老人が金を貯め込むのも金がなくなったら、相手にされなくなるのを知っているからです。「世の中、思ったよりも、冷たいですよ」

 

また「人間はされたことを他人にしてしまう」という記事を書きました。以下に載せます。

 

[「統治論」国民や社員の不満をどのようにしたら為政者はそらせるのか?という記事です。

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

世間が大して努力もしていない人を礼賛し、賞賛することはまずありません。

 

そして他人はあなたの人生に責任を取ってくれませんから、自己責任原則を基本としてあまりにも強引な勧誘や勧めについては断固として拒否することです。相手が間違っていても責任とってくれませんからね。自分の判断で間違えた方がマシじゃないでしょうか。

 

僕はほとんど助けを得られた経験がなく、ほぼ自助努力でやってきましたから「世間は冷たい」という認識なのかもしれません。

 

多くの人に助けられた人は「世間は優しい」と思っている可能性があります。少なくとも僕は搾取やパクられることはすれど他者から大いに助けられた経験はありません

 

そりゃ、こういう歪んだ価値観になってしまいますよ。執筆術もコンテンツも全部、自助努力で築き上げ、ウェブサイトのデザインだけは外注しましたが、これも金をちゃんと払ってますしね。(Webデザインは過去のブログの話です)

 

だから僕は「助けてもらいまくった」人が嫌いなのです。なぜなら僕はその間、泥沼の中を這いずり回ってきた人生だったからです。自助努力以外の何物でもありません。僕には「自己責任」と言えるポジションがあると言えます。

 

他人から助けられまくった人は自己責任なんて言葉は恥ずかしくて言えないと思いますね。もしそんな言葉を言う人がいたら僕はよくそんな言葉が言えるなぁとひそかに軽蔑しますね。(他人に助けてもらいまくって感謝している、運が良かったと素直に言えば正直だと思います。とはいえ今後、僕も誰かに助けられたら考えが変わる可能性はあります)

 

まぁ僕の生い立ちはともかく、大半の8割ぐらいの人はそんなに恵まれた環境下で育っていないでしょう。2割の恵まれた層へのルサンチマンがちょっとあるだけです。そしてその2割の層は自覚もしないで「自分の力で勝った」と思い込んでいるでしょう。

 

別に僕は世の中はこういう構造になっているのだから、仕方ないとしか言えません。いくら嘆こうが現実は変わりません。僕も今後、何とか読者に価値ある情報を提供し、のし上がっていくつもりです。

 

そしてそんな世の中の構造を少しでも変えたくて、フィクサーによる日本の教育改革本」情報格差を少しでも縮めようとしてブログで今後、公開予定です。現実的に多少は影響、効果があったようなので役目はある程度、こなせたと思います。

 

ではこの辺で。