世の中取扱説明書「本モノ」

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謝罪術「謝罪するのに「金の問題じゃない」のに「金が必要になる」件」

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

謝罪術「謝罪するのに「金の問題じゃない」のに「金が必要になる」件」というタイトルで話していきますね。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

タイトルに興味を持った人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

タイトルの意味がわかる。

 

では書いていきます。

目次。

1 謝罪するのに「金の問題じゃない」のに「金が必要になる」件の概要。

2 子どもを殺された親の例。

3 「競争社会の歩き方」の事例。

4 子どもを殺された親の例の続き。

5 命を奪った場合の謝罪の相場。

6 もっとわかりやすい例。本気度の高い謝罪はどれ?

 

1 謝罪するのに「金の問題じゃない」のに「金が必要になる」件の概要。

 

謝罪を求めたり、クレームを入れる人がいたとして「金の問題じゃない」と言う客がいるとします。

 

その客は本音でも「金で済む問題じゃない」と思っています。ですが結局は金を返還されたり、補償されれば許す気がでてきます。

 

「謝って許されるなら、警察はいらない」とよく言われます。確かにその通りでしょう。一時的な土下座をいくらされようが、怒りが頂点に達した人には通用しません。具体例で見てみましょう。

 

2 子どもを殺された親の例。

 

子どもを殺された親がいるとします。その親は犯罪者が捕まった後に「いくら謝罪されても許すつもりはない」でしょう。まさに「謝って済むなら警察はいらない」状態です。

 

ですが、ここに金銭補償として3億円〜5億円が支払われるとしたらどうなるでしょうか?

 

その金銭は犯罪者の親族が出すとします。確かに殺された子どもは二度と戻ってこなく、金で代わりにはなりませんが怒りは謝られるよりは収まるのではないでしょうか?

 

なぜなら金というのはかなりの労力、苦痛を伴って稼ぐモノであり、その長年の苦労が支払われたと思うでしょうし、野暮な話ですが金が入ることで少し遺族の生活も楽になる点もあるからです。

 

つまり「金の問題じゃない」のに「金があればある程度、怒りを抑えられる」ということです。

 

これが、いくら土下座されようが遺族は思うはずです。「死刑になればいい」と。金が払えないのなら「死んで償え」と。子どもがされたように。これが遺族の気持ちです。

 

謝罪というのはこのように一見、「金の問題じゃないと言われても金で解決できる場合が多い」のです。(たまに金よりも「死んで償え派」や「金よりも同等の拷問系で苦しめ系」がいます)

 

3 「競争社会の歩き方」の事例。

 

「競争社会の歩き方」という本にも、これと似た事例が載っています。

 

 

 

まず、P75・76と78からの引用です。

 

経済学的には金銭的・非金銭的な負担を伴わない謝罪はチープトークと言われ、関係者にもともと利害が一致する場合があるような場合を除いて、相手に信頼されないと考えられている。

 

中略。

シグナルとしての謝罪。

口頭や書面による謝罪のように単なる言葉だけのものでは、チープトークであるので信頼を取り戻すことができない。謝罪が信頼を取り戻すために有効なのはそれが金銭的・非金銭的コストをともなうものでないとだめだ、ということを理論的に明らかにした経済学の研究がある。

 

金銭的・非金銭的なコストをともなった謝罪をしてはじめて人々は本人が本気で謝罪し、行動改めるということを信頼する。つまり、謝罪が単なるチープトークではだめで本気の気持ちを示すためのシグナルとしてとらえられてはじめて人々はその人を許し、再び信頼してもらえるのだ。

 

中略。

不十分な金額なら出さない方がまし。

では費用をともなう謝罪をすれば許されるかというとそうではない。本気度を示すシグナルとなるためには相応の費用が必要だ。以下、略。

以上、ここまで。

 

詳しくは本書をお読みください。

 

4 子どもを殺された親の例の続き。

 

話を戻します。先ほどの子どもを殺された親の話です。金銭補償として犯人の親族が3〜5億円を払ったら「単に謝られるよりかは怒りが多少は静まる」と書きました。つまり、この問題はシグナルの問題なのです。

 

例えば中流家庭の親族たちが5000万円を集めて、遺族に渡したとしたら必死度、本気度が伝わります。彼らは限界を尽くしたと考えるからです。

 

これが富裕層で資産が30億ある親族が5000万円を渡したとしたら、どうなるでしょうか? おそらく本気度、必死度の伝わり方が異なります。

 

「金の問題じゃない」謝罪に関しては本気度、必死度のシグナルが大事なのです。

 

一般的には多額の金を渡せば許してもらえるだろうと浅く考える人は考えがちですが、上記のように金を渡す側の立場の問題も絡んでくるのです。あくまでシグナル問題ですから。

 

上記の話を「金の問題じゃない」のに「金が必要になる」件は「金を渡しておけばいいんだろう」と浅く捉えてしまうと失敗します。

 

政治家で「所詮、金目でしょ」と発言した人がいました。

 

謝罪のシグナルについてわかってないから、こういう発言が出たのでしょう。要注意です。

 

5 命を奪った場合の謝罪の相場。

 

また、命を奪った場合の謝罪は相場があるでしょう。

 

さきほどの30億の資産家なら、殺された人の生涯賃金を元にした補償料金が相場になるのではないでしょうか?

 

例えば今後、100億稼ぎそうな凄い人の命を奪っておいて、3億ぐらいの補償金を渡しても遺族の怒りは収まりにくいでしょう。

 

しかし一般人であり、生涯賃金が3億ぐらいの殺された人への補償金としては3億渡せば十分でしょう。

 

もちろん立場の問題もあり、中流層の5000万は重みが違います。金持ちの場合なら、3億渡せば、十分なのでは?という意味です。金持ちの5000万は重みが足りないのです。

 

また、これは命を奪ったというかなり最悪な場合であり、本当に本来なら「金の問題じゃない」問題です。しかし、そういう「金の問題じゃない」問題に敢えて本気で謝罪するとしたら、どのような方法があるか?を考えると、結局、金になってしまうという事例です。

 

交通事故で後遺症が残る場合の補償金でも、1000万ぐらいを僕の知り合いの親はもらっていました。つまり相場があるのです。

 

6 もっとわかりやすい例。本気度の高い謝罪はどれ?

 

さて、ここで、もっとわかりやすい例を出しましょう。彼らの中で必死度・本気度が高い謝罪をしている人はどなたでしょうか?

 

1 丸坊主謝罪をしたAKBの峯岸みなみさん。

2 麻雀で負けて、丸坊主にしたホリエモン

3 元々、坊主だった人がお坊さん系の完全丸坊主にする例。

 

これは1だと即座にわかるでしょう。女性が丸坊主にするのは想像しにくいからです。美も犠牲にしています。対して3の元々坊主だった人がさらに完全坊主にしたからといって謝罪になっているでしょうか?

 

このように同じ丸坊主という謝罪なのに立場によってこうもシグナルが変わるのです。謝罪はシグナル問題だと覚えておきましょう。

 

ではこの辺で。

 

参考・引用文献。

「競争社会の歩き方」