世の中取扱説明書「本モノ」

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想像力を鍛えるには?他者への想像力が欠ける人達。

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

想像力を鍛えるには?「他者への想像力が欠ける人達」というタイトルで話していきますね。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

タイトルに興味を持った人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

タイトルの意味がわかる。

 

では書いていきます。

目次  

1 他者への想像力が欠ける人達の事例1

2 他者への想像力が欠ける人達の事例2

3 他者への想像力が欠ける人達の事例3

4 他者への想像力が欠ける人達の僕の考察

 

 

1 他者への想像力が欠ける人達の事例1

  

他者への想像力が欠ける人達。

 

他者への想像力が欠ける人達を紹介します。

 

1  相手の現在の外見を見て「この人、努力不足だ」や「差別意識」を持つ人達

 

具体例1

太っている人がいるとして、「その人を努力不足だ」という人がいますが仮にその人が精神病薬を飲んでいて、副作用で太っている、または痩せにくいというハンデをせおっていることなどまるで想像もつかないのです。

 

具体例2 

ハゲている人が仮にいたとして、その人が「好きで禿げている」とでも思っているのでしょうか?かなり努力しているのに「遺伝」で禿げている人がいることを想像もできないのです。

 

具体例3

ブスな女性が仮にいるとして、その女性が「好きでブスになっている」とでも思っているのでしょうか?もし仮にブスを見下していた男性が結婚して子供ができた際、女の子が生まれてブスに育った時、痛みを感じることでしょう。

 

2 他者への想像力が欠ける人達の事例2

 

2  若者が自分より年上を見るときの偏見。

具体例1  

今の疲れ切ったサラリーマンや険しい表情の大人や鈍感な大人たちを見て「こうはなりたくない」と思って年上や老人批判を簡単にする人がいます。しかし社会の荒波に揉まれて、厳しいノルマを課されて、さらに家族を養い、部下のマネジメントにまで心を使わなければならないとしたら、疲れるのは当たり前でしょう。

 

会社で上司や部下に気を遣いつつ、仕事の成果にも気を遣い、家族(妻や子供たち)に気を遣い、その上通勤電車などで気を遣っていたらどこで休めるのでしょうか?鈍感にならないと精神が持ちません。

 

しかもですよ、若者と違い、中年以降は体力が落ちてきます。若者は自身が疲れやすくなったときに初めて年上の苦労を分かるのでしょう。

 

太っている中年以上がいるとしても年を取ると代謝が落ちるのです。若者は知識も経験も不足しているから、こういう年上の状態を想像すらできないのです。

 

また恋愛面でいえば、若い男性(20歳ごろまで)はイケメンというだけで恋愛しやすいですが30代以降は経済力がなければ女性は寄ってきません。若いというのは体力があり、容姿も若々しいので恋愛はしやすいですが、年を取ると体力が落ち、容姿は誰でも衰えるので恋愛しにくくなります。

 

若者は自分だけは年を取らないとでも思っているのでしょうか?その人は年を取ったとき思うのです。以前より女性が寄ってこなくなったと。

 

さらに言います。険しい顔をしている年上がいるとしたら背負っているものが多いという証です。

 

それは仕事のノルマ、家族(妻や子供)、国家や高い地位の立場という場合すらあるでしょう。背負っているものが多ければ多いほど苦しくなるので険しい顔になります。逆に背負っているものが少なければ気楽ですから、顔が険しくなくなります。

 

また背負っているものが多いということは責任感を感じていると同義です。

 

「明日から、社長をやってくれ」「明日から、政治家をやってくれ」「明日から、WBCに出てくれ」と架空の話ですが言われたら、どのような重圧がかかり、どのような行動を取らなければいけないか?想像してみてください。

 

この意見に「そんなの私なら楽勝でしょ」とかいう人は想像力に関して末期症状ですのでもはや対処のしようがないですね。

 

3 他者への想像力が欠ける人達の事例3

 

3  仕事場や世間での他者に対する想像力が欠ける人達。

銀行や接客系(コンビニのレジや本屋の接客など)などで余計な無駄話をする人たちがいます。

 

またはクレームをつける人達がいます。僕はそういう場面に遭遇したとき、毎回思います。

 

「店員さん、お疲れさん」と。こんな客に表面は良い顔をして我慢して接客しなければならなくて大変だなぁと。

 

僕は店員に変な気苦労をかけたくないので無駄話はなるべくしないです。クレームをつけるのはよほどのときです。こういうことをする人たちは店員への想像力が著しく欠けていると思います。

 

4 他者への想像力が欠ける人達の僕の考察

 

これらの事例だけでも他者への想像力が欠けている人達がたくさんいそうですよね。

 

一般的に人間は自分が体験するか当事者にならないとその人の気持ちがわからないことが多いです。

 

自分事になって初めて自覚するのです。それまではすべて他人事です。「自分には関係ない」と思っているのです。「自分には関係ない」から他者にここまで偏見を持ったり、厳しくなるのです。

 

他者への想像力が欠けている人たちによく言うセリフがあります。「やってみてから言えば?」「やらないうちから、言うな」「その年になってみればわかるよ」などです。

 

これらは「とりあえず体験してみて欲しい、そうすれば苦労が分かる」という経験者からの皮肉なメッセージなのです。「やったことがない人に言われたくない」というのも経験者からのメッセージでしょう。

 

とりあえず「やらないうち、やっていないうちから、他人を厳しく見る」というのはやめた方がいいです。少なくとも「やってみた後に、指摘するべき」です。

 

若者が年上になるのは時間がかかりますから「やってみてから批判する」ことはできません。

 

そういう若者は「年を取れば、おそらく考えが変わるかもしれない。経験もしてないうちから、言えるのは若者の特権。実際に体力も落ちていないし、容姿も落ちてないのだから。年上の苦労が分かるためには、自分の将来の顔写真の姿や、体力が衰えた場面を想像するなどするしかない」と思ってもらいたいのです。

 

ともかく他者への想像力が欠ける人達は正直、無能に近いと思います。いや無能というのはクリエイティブ能力に特に当てはまりますね。クリエイティブ能力とは他者への想像もできるからです。

 

最後に初代ガンダムのアニメでセーラさん(という人物)と他の乗組員が捕虜となった敵兵士ホワイトベース(軍艦)から脱出しようとした際、撃ち落としてしまって乗組員が呆然とした場面があります。

 

そのときセーラさんはこういいます。「気にすることはないわ。私たちもいつああなるかわからないのだから」 

 

つまり戦争中は自分の身を守る、生き延びるのが最優先であり、他人にまでかまえないということです。

 

戦争という時代が悪かったのです。他者への想像力が欠ける人達が「自分だけで精一杯であり、他者の面倒まで見る余裕がない」状態ならある意味、仕方ない面もあります。

 

そういう余裕がない人たちも一定数いて、そういう人は仕方ないでしょう。余裕が少しでもある人は「他者への想像力」も多少、意識してもらえたら世の中、良くなるかもしれません。

 

最後に、今回の記事を下書きに温めておいたら、橋下元市長の以下の記事が掲載されていました。

blogos.com

 

ソウルの普通の市民のことを想像しろ!という意見ですね。しかし日本の政治家は基本的に日本の国民、日本の国益を考えるものですから、韓国の国民、国益まで考えるのは日本の政治家の仕事じゃないと感じます。

 

ちょっと「他者への想像」が行き過ぎたかもしれません。まずは自国の国益で、次に他国の国益地球市民としての国益が順番的なセオリーかと思います。。。

 

ではこの辺で。