世の中取扱説明書「本モノ」

本物の本やモノなどを紹介し、世のトリセツとなるようにします。

人間力とは?「立場に就いたり、自分事になっても興味ない場合がある」

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

人間力とは?「立場に就いたり、自分事になっても興味ない場合がある」というタイトルで話していきますね。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

タイトルに興味を持った人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

タイトルの意味がわかる。

 

では書いていきます。

目次。

1 「多次元と視点(立場や打席)の話」からの引用。

2 ホリエモンの動画と「立場に就いたり、自分事になっても興味ない場合がある」という話。

3 興味が持てるというだけである程度の才能。

4 早めに立場や打席を与えても意味がない場合がある。

 

1 「多次元と視点(立場や打席)の話」からの引用。

 

まずは、以下の記事を貼ります。「多次元と視点「立場や打席)の話」

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

記事から抜粋します。

 

多次元の話はこれくらいにして、次に視点(立場や打席)の話をします。

 

視点が変わると人間は認識や思考や行動が変わります。例えば「管理職になれば管理職らしくなる」と言われます。「親になれば親らしくなる」と言われます。当事者の立場になったから、当事者の立場に直面し、試行錯誤するようになるからです。

 

打席の話も同じです。つまり「チャンスをどれだけ与えられるか?」という話です。打席に立たせてもらえれば意識が変わります。観客席にいたときとは全然、意識が変わります。つまり当事者になった、立場が変わったということです。

 

人間は当事者にならないと、つまり視点(立場や打席)が変わらないと本気モードにならないし、その当事者の目線や思考や行動がよくわからないのです。

 

子どもが親の行動が分からないのも一緒です。平社員が社長の立場など分かるはずがありません。

 

しかし若さゆえ、無知ゆえに無鉄砲な行動に出られるという利点はあります。ある程度、熟知してしまうと慎重になります。若さゆえの無鉄砲さは消えます。若さと無知はほぼ同じです。逆に、年配者と熟知もイコールに近いです。

 

どうしても経験者(年配で、熟知)の方が圧倒的に世の中のことを知っているのです。未経験者(若さと無知)の人にいかに立場と打席を与えて、視点変化を起こさせ、経験を積ませるか?が大事です

 

また、経験者ほど、相手のことがよく分かるようになります。「経験者こそ知る」です。相手の痛みも分かるようになります。「未経験者や観客席の人には分からないこと」です。以上、ここまで。

 

 

2 ホリエモンの動画と「立場に就いたり、自分事になっても興味ない場合がある」という話。

 

次に、以下の動画を見てください。

 

簡単に要約します。

ポケモンを全部言えるのは勉強だと思ってないからです。そもそも勉強と思ってしまう時点でやりたくない、興味が持てないことなのでしょうと。

 

 

これらのことを書いてから、ふと気づくことがありました。それはタイトルにあるように「立場に就いたり、自分事になっても興味ない場合がある」という話です。

 

具体例を出せば親になっても教育などに関心を持てず、子育ても適当にやる親がいます。他には管理職になっても管理職の仕事に興味を持てず、プレイヤーのような仕事をする人もいます。(育てるという視点がないのです。ですが管理職の場合は不向きとなり、降格させられる可能性があるでしょう)

 

他にも学問系には興味が持てても民間に行き、ビジネス系の勉強に興味が持てない人もいます。逆にビジネス系には興味が持てますが、学問系の勉強はからっきしという人もいます。

 

民間から公務員に行こうとする人は民間の仕事はそこそこ興味が持てたのに、学問系の公務員試験がつまらなすぎると思う人はいそうです。

 

このように「立場に就いても、自分事になっても興味が持てない場合がある」のです。

 

3 興味が持てるというだけである程度の才能。

 

こう考えると、興味が持てる分野というだけである程度の才能とも言えそうです。ポケモンの例で言えばポケモンの名前なんて興味が持てない人には覚えられないのです。

 

まぁ興味が持てる=好きであり、一種の才能とも言えるという話と立場に就いたり、自分事になっても興味が持てない場合があるという話は別枠ですね。

 

4 早めに立場や打席を与えても意味がない場合がある。

 

僕は散々「立場に就いたり、自分事になればやらざるを得ず、本気モードになり、伸びるので若者や未経験者に早めに立場や打席を与えよ」と言ってきたわけですがそれが該当しない場合もあるのですね。

 

この話は向き・不向きの話でもあり、打席に立たせても本気にならない人間、またはそもそも打席に立ちたくない人間にはあまりチャンスを与えるべきではないとも言えるかもしれません。

 

打席に立ちたくない、当事者になりたくないという人はいつまでも傍観者であり、観客です。ですがそういう人もいるという話です。

 

ではこの辺で。