スマホで読めて真の実力者になれる「世の中取扱説明書」

スマホで読めます。通勤時間や隙間時間に忙しいビジネスマンや時間を持て余している学生さんなどに読んでもらいたいです。真の実力者になりましょう。

謝罪術「追及を逃れるテクニック」 日大アメフト部の事例も書いています。

どうも、「世の中取扱説明書」です。

 

謝罪術「追及を逃れるテクニック」というタイトルで話していきますね。

 

読者ターゲット。(読んで欲しい人)

タイトルに興味を持った人。

 

ゴール。(この記事を読んで得られること)

タイトルの意味がわかる。

 

では書いていきます。

 

目次。

1 ビジネスの世界では相手によって話の長さや難易度を変えられない人は無能。

2 相手からの追及を逃れるテクニック。

3 追及を逃れるテクニックへの対応策。

4 日大の弁明が最悪という話。

 

 

1 ビジネスの世界では相手によって話の長さや難易度を変えられない人は無能。

 

基本的にビジネスの世界は忙しい人が多く「まず結論から言って、その後理由を述べて提案する」というプレゼン手法もあるくらいです。

 

とにかく短時間での会話、やり取りを重要視します。

 

話が長い人は無能だとみなされます。以下の記事に詳しく書いています。

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

また話が長い人は相手の理解度に応じて要約したり、話の長さ・難易度を変えられず、毎回「誰でも分かるように理解しやすいように話す」癖があります。

 

これは理解度が高い人にとっては苦痛で「少し話されたら、その先の話はもう読めてしまう」ので「話が長いなぁ」と思うわけです。

 

また長く話されて「さぁ、理解したか?」と言われても要約するだけで精一杯ですし、情報処理能力が低い人の場合、話の半分ぐらいしか理解できていない可能性さえあります。

 

それなら話を分割して、短く区切り、相手の理解度を試しながら、全部の話をした方がいいのです。

 

2 相手からの追及を逃れるテクニック。

 

ここまで理解した上で何か悪いことをした場合、相手からの追及を逃れるテクニックを話したいと思います。

 

それは質問者が質問をする隙を与えないくらい「なるべく長く話す」ことです。

 

しかも長ければ長いほど要約するのも大変になります。

 

また相手の質問時間が減ります。

 

相手の質問とは関係ない話にまで飛んで長々と話す人すらいるでしょう。

 

普通は相手が話しおわったタイミングを見計らって、質問するのですがようやく質問できてもまたダラダラと話が長くなるのでうんざりさせられるわけです。

 

3 追及を逃れるテクニックへの対応策。

 

この場合、相手は完全にはぐらかしており、「話が長いです。はぐらかそうとしてますね」とはっきり言うべきなのです。

 

「質問に対して15秒ぐらい?で的確に答えてください」と言うべきでしょう。

 

話が長い人は本当は無能なのですが、わざとやる場合、それは追及を逃れるテクニックとして存分に使えます。

 

今回はわざと無能になることで追及を逃れるテクニックでした。

 

注意点としてこのテクニックを知っている者には通用しないことを挙げておきます。

 

4 日大の弁明が最悪という話。

 

以下の記事をお読み下さい。「「つぶせ」は最初から当たれ」という意味 日大が主張」というタイトル記事です。

 

www.asahi.com

 

この弁明はまず最悪という話をします。

 

一般的に人は言葉と行動と願望に分かれます。また建前と本音にも分かれます。以下の記事に書いています。

yononakatorisetu.hatenablog.com

 

言葉は建前と近いです。言葉ではいくらでもウソをつけます。

 

行動は本音と近いです。行動はウソをつきにくいのです。

 

それで、この言葉の解釈に言及をしたということは建前をいじろうとしたということを意味します。

 

結果的には相手選手にケガをさせたという行動がまず重視されます。

 

犯罪や詐欺相手に、騙されて追及したら、犯人はたいてい「そんなつもりじゃなかった」や「そういう意図はなかった」とか弁明します。

 

しかし行動は相手を騙しているわけであり、これこそが真実なのです。

 

言葉ではいくらでもウソをつけます。

 

言葉では解釈は人次第になりがちですし、憲法でも解釈を巡って争っていますし、小説でも歌詞でも解釈はバラバラです。

 

そんな自由に解釈可能な言葉の世界を責任の担保とするのは危険です。(証言も証拠の一つですが、それよりも物的証拠の方が確実です)

 

そんな自由に解釈可能な言葉の世界を弁明に日大は使ったわけです。まさしく究極の言い逃れ策であり、さらに炎上するのではないでしょうか?

 

こんな言葉の解釈を真に受ける人はいるのでしょうか? もし真に受ける人がいるとしたら「言葉や証言をあまりにも重要視しすぎている愚か者」か「普段から言葉でウソをついており言葉で人は操れると思っている愚か者」でしょう。

 

言葉<行動<願望の順に信頼性が高いことを知っていれば、今回の日大の弁明は明らかにお粗末としか言いようがありません。

 

これで世間からの追及を逃れられると日大が本気で思っていたり、誰もつっこまなかったら、日本は終わりでしょう。

 

日大は選手が監督やコーチの言葉の解釈を間違えて一方的に行動をしたという主張になりますね。

 

そして監督やコーチより、選手の解釈を間違えた行動のほうに責任があるという主張とも取れますね。

 

しかし、こんなに大きく解釈を間違えて危険タックルに至るということはありうるのでしょうか? そもそもそんな大きく解釈を間違えうる指示を出すの側がかなりマズイのではないでしょうか?

 

つまり、これは弁明にすらなっておらず、「なぜそんな危険なタックルに至る解釈になるような指示を出したのか?」という監督やコーチの責任はやはり残るのです。

 

またはそんな危険タックルの解釈にまで至らせるような日大アメフト部の普段からの体質がヤバイという話になります。

 

どちらにせよ、日大のそんな意図はなかったという弁明はほとんど弁明にすらなっておらず、苦しい言い逃れ以外に見られません。

 

解釈の問題にすり替えると真実の判明は難しいです。

 

しかし行動こそが言葉より真実を表すのが世の常です。

 

日大は酷い大学ということです。今回、世間に知らしめることになりました。

 

ではこの辺で。